予想できなかった素晴らしい体験

これから書くことは、かなり個人的な内容で、しかもこの記事を読んでも、記事タイトルの「素晴らしい体験」を感じてもらえないかもしれません。でもここに書くことは、私の人生にとってかけがえのないものになりました。

その瞬間

人はこんな風に死んでいくんだろうな?自然に私はこんなことを考えていました。そしてその考えを素直に受け入れてもいました。

目の前の波は船の何倍もの高さがあって、途切れることなく、それは延々とやってきます。波というよりも、ビルや山に近い大きな塊です。それは目の前だけではなく、右を向いても、後ろにも、あたり一面が、大きな高い水の塊だらけです。

そして、耳からはヒューヒュー、ゴーッという風の音!その風でロープが揺れて船にたたきつけられて、カンカンカンという大きな音が出ています。

出航の朝

船には私と、クルー4人で葉山の港を2018年1月20日早朝5時に出航しました。あたり一面真っ暗で、どこを走っているのかも解らないまま。GPSを頼りに、手探り状態の航行を続けていると、少しずつ視界が明るくなっていることを感じて、それに大きな喜びを感じていました。

風は追い風、いわゆるランニングという状態で、ヨットでは、最も風を感じることがない、快適に走れる状況です。真冬の航海にはかなりありがたい状態で最初の目的地下田まで65マイル(1マイルはおよそ1、6KM)最初の航海が始まりました。

初日が最も長く辛いこともあるだろうな。と予想していたのですが、この航海、到着は日没後になってしまいましたが、無事下田港に到着しました。そして、風はランニングいわゆる追い風が最後まで続きました。

実は今思うとかなり安全な航海だったはずのこの航海後、「これは無理かもしれない!」という思いが出てきて、クルーたちと、この航海を中断しようかという話し合いを到着後にしました。そして、中断することがほぼ決まってから、次の朝を迎えることになります。

そして前日ほぼ中断が決まった次の朝、海は穏やかで気温も暖かい、思わず、私は独り言のようにこれなら行けるかな?という言葉を口に出していました。

そのすぐ流れていってしまうような言葉をクルーたちが素早く拾い上げ、一人が行こう!というと全員が口々に、、行きたいという強い言葉を誰に向かうともなく出していました。一番言いたかったのは、その言葉を発している自分自身ではなかったのかな?と今はそう感じています。

そして、この決意は、相当な後悔となって現れます。

前日の天気予報によると次に向かう御前崎の風と波は、風が一度8mまで上がったのち、5mまで落ちる予報。そして御前崎まで40マイル。まあ行けるだろうと思っていました。

その瞬間2

下田港を出て御前崎までの道のり、前半は穏やかで視界も良好、後ろに見える伊豆半島も徐々に小さくなっていきました。そして、徐々に風が上がっていきました。予報通り、8mまで上がってから、そのうち5mまで落ちるはずだと思っていると、風は明らかに8mどころではなく優に10mを超えています。

そして海の様子は激変して、さっきまでとは同じ海とは思えないほど、そこは狂気の場所になっていました。船を超える高さの黒い水の塊が次から次へと、襲いかかってきます。ひとつだけでも、耐えられるかどうかわからない恐怖を感じるものが、無限に次から次へと襲いかかってきます。

「どうしよう?」という思う余裕さえありません。直角にそびえたつ、黒い塊はそれが水とは思えないのに船にそれが当たると、激しく音を立てて、崩れて水しぶきとなって、襲い掛かってきます。この状態はまだ実は序の口だったのです。

前日のランニング(追い風)とは打って変わって、風は向かい風しかも10m以上。後で知ったことなのですが、その時風は14mを超えていたそうです。

恐怖そして死を受け入れること。

 

御前崎までの距離は、13マイル、到着予想時間がおかしな時間を指している、到着までにかかる時間は5時間30分、この数字はおかしすぎる。わずか13マイルに5時間半もかかるわけがない。そしてそう思いたい。こんな正気を保つことが難しい、状況の中にまだ5時間半もいなければならないなんて耐えれるわけがない!

耐えれなかったらどうすればいいのか?耐えれなくてもどうしようもない。じゃあ素直にこの状況を受け入れなければならない。ただそれだけなのにそれができない。これを人はパニックと呼ぶんだ!と、体験を通じてパニックを理解できました。

なぜたった13マイルに5時間半もかかるのか?それは冷静だった場合、すぐに解るはずです。向かい風の強さ!これが致命的で、速力はわずか0,4ノットです。通常よりもかなり時間がかかってしまいましたが、この状況がようやく理解でき始めてきました。

速力が極端に低い中、一秒でもいたくない中に今からまだ5時間半もいなければならない。既に夜の7時半を回っている。あたりは当然真っ暗なので、海の状況が全く見えない、船が信じられない角度になったり宙に浮いたり、それが突然海面に叩きつけられて、バーンという大きな音がする。

そして、船自体がほとんど前に進まない。もう恐怖を感じる余裕がないほどの恐怖です。通常なら日没前の4時過ぎには御前崎に着いているはずなのに、予定を過ぎて3時間以上も経過しているのに、はるかかなたに御前崎を感じるほど、前に進まない。

いろんなことが頭をよぎる。クルー全員が船室に入ってこの風と、波をやり過ごそうか?そうなると、船のコントロールを失って、潮でどこまで流されるんだろう?

今から下田港に引き返そうか?その方が、御前崎に向かうよりもずっと早く到着するんじゃないだろうか?

とにかく一刻も早くここから脱出したい。そんなとき、ふと勝手に「人ってこんな風に死んでいくんだろうな?」という思いがよぎります。後日談ですが、この時私以外全員が同じことを考えていたそうです。

「もう無理だ!」「じゃあどうするんだ!」「どうしようもない!」「ではやるしかない!」という自分の頭の中で会話が起こります。死はまだやってきていない。じゃあとにかくそれまでは全力を尽くそう!

そう思っていると、あるクルーが言いました。「星がきれい!」。そしてその声に反応して空を見てみると、黒い空に、どこから持ってきたの?と思うような数の光の粒が空一面に敷き詰められていました。本当にきれいでした。

そして5時間後私たちは、御前崎の港にいました。そこで港のありがたさを、これでもかというくらい感じるようになります。防波堤というコンクリートの塊で、囲まれた港はその外とは比べ物にならないほど、穏やかで、自然に天国と感じるほど素晴らしい場所でした。

港は、船に乗るものにとって天国なんだ、ということを思い知ることになりました。

その瞬間3

「両舷中立」「現在の速力惰性で、ヒトテンフタマイル!」スピーカーから大きな声が海上に響き渡ります。

大きな船が私たちの乗る船のわずか数10センチのところに横着けしています。船は鉄板でできた本格的なもので、長さは80mほどですがものすごく大きな船に見えます。船にはJapan coastguardの文字が白い船体に青く書かれています。大きな声はこの船から発せられたものです。

海上保安庁の船が私たちの船に横着けです。

最後の航海、伊良湖水道

御前崎の恐怖を脱出した私たちは、航海も順調に進んで、伊良湖港を出港することになりました。伊良湖港を出てわずか25マイル、三重県津市の港に向かっているとき、突然船のエンジンがストップしてしまいます。

ここにきて、エンジントラブル?か。と思って、エンジンを再スタートしてもエンジンがかかりません。予備バッテリーを繋ぐと、どうにかエンジンは再スタートすることになりました。

その瞬間4

エンジンはどうにかかかったのですが、前進にギヤを入れると、エンジンはストップしてしまいます。何だろうと?と思っていると、クルーの一人が、これじゃないですか?と言って海面を指さしていました。

見ると、船の後ろの方に網のちぎれたものが1mほど伸びて引っ掛かっていました。これが船のプロペラに絡まってエンジンストップしたんだ。でもどうしよう。一人が「私直接引っ張て見ます」と言って、網を引っ張ると少しずつ絡まっていた網が、伸びてきました。そして網の切れ端が全部取れました。

再びエンジンをかけると、エンジンも回るし、ギヤも前進に入ります。ところがギヤが前進に入っているのに、船は1センチも前に進みません。何度やっても同じ結果です。

まだプロペラに網の残りが絡まったままだという判断にいたり、航行不能の船をどうしようかと思案した結果、曳航してもらうことが得策だという判断に至り、電話で状況を説明して曳航を依頼しても断られてしまいます。そしてその断ってきた業者から、海上保安庁に相談してみれば、という提案がありました。

ダメもとで、海上保安庁に電話をしてみると、15分でそちらに向かいます。ということになって、こんなに簡単に、救助してもらえるの?とあっけに取られてていました。

海上保安庁に居場所を説明して待つこと20分ほど、速力を失った船は一気に説明した居場所から流されて行ってしまいました。海上保安庁に説明したポイントとは程遠いところに、なっていたのですが、海上保安庁の船が見え始めやがて、私たちの船に近づいてきました。

「ただいまより本船は右回頭に入って船を右舷側に付ける」大きな声が海上保安庁のスピーカーから流れています。「乗組員を一名乗せた後一度本船は離れて待機に入る」まるで映画かドラマを見ているようです。あの人気テレビドラマ、海猿が頭をよぎります。もっとちゃんと海猿を見ておけばよかった!と思いました。

海上保安庁の乗組員が一名船に乗船した後、私を残した他四名のクルーは海上保安庁の船に乗り移るよう指示がありました。あんなすごい船に乗れるんだとちょっとうらやましい気持ちが湧き出ていました。海難救助の作業をしている多くの乗組員に失礼で不謹慎な思いですが、それが正直な感想です。

乗ってきた海上保安庁の乗組員は、てきぱきと作業をこなして、そして言葉使いも紳士的で、高い人格を感じます。そして、思わぬありがたい言葉をその非常時にいただいたりもしました。

海上保安官:「この作業、訓練では何度もやってきましたが、本番をやるのは初めてです。こんな貴重な体験をさせていただいてありがとうございます」と。実はこの時私自身が、こんな映画みたいなすごい体験ができるなんて、なんて凄いことなんだろう!と感じていた最中でした。

そしてなおかつ、「やっぱり私たちは、こんな風に人を助ける仕事がやりたいです」というありがたい言葉までいただきました。

たくさんの乗組員たち、日ごろの訓練、命令系統の完璧さもあって曳航は見る見るうちに進んで、航行不能の船は無事出航した、伊良湖港にあっという間に到着することになりました。

実際の海上保安庁は、海猿よりも断然カッコよく人情味があって、みんなそれぞれ素晴らしい人たちでした。正直うらやましいと思ったほどです。

港に到着後、今回は災難でしたね?って女性保安官の方に言われたんですが?正直何が?という思いで。ついそのままそのことを言ってしまいました。「こんな体験やろうと思ってもできないし、まるで映画の中を体験しているようでしたし、海上保安庁は本当にかっこよかったです」と言ったら「そう言っていただけると光栄です」と言われ喜んでいただけました。

素晴らしい体験

今回この記事で、言っている素晴らしい体験とは、海上保安庁の話よりもむしろ、御前崎での恐怖の方です。海上保安庁も素晴らしかったのですが、御前崎での命を失うかもしれないというほどの恐怖体験なのに、深く心に刻み付けられて、人生の財産と思えるほどになりました。

あの時のことを振り返ると今でも、涙があふれてきます。なぜあんな二度とやりたくないという体験が、財産と言えるほどの記憶になったのか?不思議ですが、私が登山に持っていた、不思議な気持ちの答えにつながるものがあるのかな?という思いで、登山に対する私の思いをここに書いておきます。

知り合いに登山家がいて、その人が登山の話をすると、過酷や恐怖しか伝わってくることはありません。事実登山中は、まさに過酷で、恐怖らしいです。なのに、その人は繰り返し登山に出かけます。正直全然理解できなかったのですが、今回御前崎で感じた恐怖によってこれが少しわかったような気がします。

自らは御前崎のような体験をしたくはないのですが、なぜかそこへの期待感が無いかというと、嘘になります。むしろそれを期待しています。

人は世界最高のエベレストを目指します。その過程は、辛いというよりも地獄のように感じています。そこへの挑戦は後を絶たないほど、多くの人たちが、繰り返しています。

なぜ人は過酷を目指すのか?そしてその過酷を素晴らしい体験だと思うのでしょう。

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